私の頭のヘナ

優秀賞 私の頭のヘナ

「ヘナのある風景」エッセイコンテストの優秀賞4作品目に選ばれたのは、るこ様の「私の頭のヘナ」です。
留学していたモロッコのシャフシャウエンで、脱毛症に悩んでいた女の子が、ヘナタトゥをする女性たちに出会います。スキンヘッドになってしまった頭にヘナをしようとチャレンジをするのですが、友人の励ましもあり、作者の気持ちがポジティブになっていく様子が鮮やかに描かれています。

るこ様「私の頭のヘナ」

モロッコのシャフシャウエンという街をご存じでしょうか。「青の街」と呼ばれる、青い建物群が立ち並ぶ美しいで街です。
モロッコの中でも観光地として有名で、ごはんは美味しく、治安も良く、人々はおおらかで優しい雰囲気が町全体に漂います。

私がそこを訪れたの は、4年前の夏のことでした。
当時の私は、イギリスに留学している大学院生でした。そして、少し心が、塞がっている時期でもありました。幼い頃に一度経験した全身脱毛症が再発し、異国の地でバリカンを頭に当てられるという経験をしたばかりだったためです。

モロッコの猫

全身脱毛症は、最初は抜け毛が少し多くなったかなと思うと、どんどんと頭から足の指の毛まで、全身の毛が抜けてしまう病気です。頭に少し残った髪も、ぱらぱらと落ちていくのが悲しくて、イギリスで初めて入った美容室で、全部刈ってもらいました。
髪は女の命、とまでは思ってはいませんでしたが、やはりスキンヘッドになった自分を鏡で見るのがしばらく辛く、つい自分からも、世界からも、目をそむけてしまうような日々でした。

「毎日雨か曇りばっかりなんでしょ、イギリス。太陽にあたるバカンスをしよう!」  そう言って私を旅行に連れ出してくれたのは、友人のトモコでした。
私たちはまずタンジェという街に飛び、そこからバスに乗ってシャフシャウエンに移動しました。モロッコの日差しは、それまでのヨーロッパの太陽光はなんだったのかという程の強さでした。
青い壁に囲まれた迷路のような小道を何度か曲がり、宿に入りました。受付で名前を告げると、フレッシュミントがどさどさと入ったティーサーバーに暑いお湯が注がれ、お砂糖と一緒にどうぞ、と目の前に置かれました。
暑い外からやってきたお客さんに、熱いミントティーを出すのが、モロッコの風習らしく、その後の宿でも同じようにミントティーが出されました。 強い日差しと外気で火照った身体に染み渡るお茶はとても美味しく、心の底からほっとし たのをよく覚えています。

高台にあるレストランで昼食を食べていると、街の広場がよく見えました。色とりどりのカバンや小物、モロッカンオイルなどが並べられた店が連なる更に奥で、複数の女性が木陰にいるのが見えました。彼女たちは、お互い少し間隔をあけて椅子を並べ、何かを熱心に描いていました。
昼食を食べ終え、広場に降りると、彼女たちがヘナアーティストだということが分かりました。

ヘナは髪を染めるだけでなく、肌に塗ると、そのまま数日から数週間、発色します。乾いたヘナを肌からはがすと、最初はオレンジ、そのあとは茶色っぽい色ですが、細かい模様もきれいに肌に定着します。
インドの結婚式などでは、お嫁さんの装飾として欠かせないほどです。

シャウエンのヘナアーティストの女性たちはみんなとても上手で、自分たちの手にもたくさん、古典的な唐草模様や現代的な音符や星のマークを織り込んだものまで、デザイン していました。   そこで、ふと、「女性 スキンヘッド」と検索していたら出てきた「ヘナクラウン」という言葉を思い出しました。

それはがん治療で髪を失った女性たちが、ヘナで頭を装飾するというものでした。トモコにその話をすると、「いいじゃん、やりなよ!」とそのままヘナアーティストに料金を聞き出しました。 全く予期していませんでしたが、私も、どんなものか、好奇心が沸いてきて、椅子のひとつを借り、ヘナアーティストのお世話になることにしました。

「何が好き?こんなデザインはどう?」 とアーティストの女性が見本を見せてくれている間に、そっと帽子を取りました。横にいた 小さな子供たちの視線が一気に私の頭に集中し、少し恥ずかしい気持ちになりました。

ヘナタトゥイメージ

「ここの頭の、耳の上あたりに描いていただくことはできますか?」
「いいよ、ちょっと汗かくと模様が滲んじゃうから、書いたらすぐ涼しい場所に移動してね」
そこからは早業で、ヘナ独特の、草の良い香りがしたと思うと、すっと私の頭に女性は模様を描いていきました。その間も子供たちはじっと私の頭をみつめていて、私は何もしてい ないのに、なんだか汗をかいてしまって、息をひそめて出来上がるのを待ちました。

「できたよ」と女性が言うと、ずっと動かなかったひとりの女の子が、ぱっと木の根元にあった鏡を女性に手渡しました。鏡を見ると、つるっとした私の頭には、大きな花と、それ に絡むように描かれた蔦と猫のモチーフが書かれていました。 「ど、どうかしら」と鏡を持ってきてくれた女の子に尋ねてみました。女の子はちらっと 女性を見ると、女性の耳に何かをささやきました。

「今まで頭に描くお客さんを見たことなかったけど、きれいだわ、と言っていますよ」と女性が微笑みかけてくれました。それにつられて私も笑うと、それまで口元が全く動かなか った女の子も、はにかみながらにっこりと笑いかけてくれました。

私は今、日本のとある商店街のはしっこで主婦業をしながら夫と猫二匹と暮らしています。イギリス留学が終わり、日本に帰国したら、カツラを作ってそれで生活かなと思っていましたが、意外にも帽子やスカーフで事足りています。 さらには商店街近くにヘナアーティストが住んでいることに気付き、たまにそこでシャウエンでしてもらったように、頭にアートを施してもらっています。

「ああ、今回もすごく素敵ですね!このままヘナを乾かしながら帰ります!」 と言うと、その商店街のアーティストさんは、「髪がないということを、本当に前向きに捉えていらっしゃいますね」 と褒めてくれます。
初めからそうだったわけではないのです。でも、あの時のトモコの「やってみなよ」が一歩進む勇気を、ヘナと女の子の微笑みが、私に自信をくれたのです。シャ ウエンの広場と私の今住む商店街の雰囲気は、なんだか少し似ています。

※写真はイメージです。

エッセイの選評

(グリーンノートのコメント)
今回のコンテストでは、ヘナがきっかけになって心の状態が変わったというエピソードが数多く寄せられています。 その中でも、作者がポジティブに前を向いていく様子が鮮やかに描かれ、思わずモロッコの町に思いをはせてしまうような爽やかな読後感がありました。代表の中澤も、強く心を動かされた作品です。
がん患者のために施される『ヘナクラウン』のエピソード。こうした文化を、もっと日本でも広められたらよいですね。 私たちもヘナメーカーとして、折に触れ、発信していきたいです。

(受賞者のコメント) たまたま締切直前に御社のホームページにたどり着き、参加することが叶いました。 言葉にすることで、周りの人への感謝の気持ちが湧き上がり、間接的にヘナに癒やされるような気持ちになりました。 このような機会がなければ書かなかった文章だと思うので、参加させていただけて本当に良かったです。
その上、優秀賞に選んでいただけたとのこと、大変嬉しく、また光栄に思っております。ホームページに文章が掲載されたら、今は自粛でサロンを休んでいらっしゃるヘナアーティストの方に、日頃の感謝と共にURLをお送りして読んでいただけたらと思います。

グリーンノートヘナ