たあさん様後悔

優秀賞 後悔

「ヘナのある風景」エッセイコンテストの優秀賞3作品目に選ばれたのは、たあさん様の「後悔」です。
女手ひとつでおしゃれもせずに子育てをしてきた母が、還暦を過ぎてやっと自分のためにおしゃれをするようになってきた。そのきっかけになったのが白髪染めのヘナ。思いがけず訪れる最後の別れに、息子が母のために最期にしたことがつづられています。

たあさん様「後悔」

僕はヘナが嫌いだ。時間はかかるし、色は選べないし、何より匂いがキツイ。それでも三週間に一度、地獄の時間はやって来た。
「おい、ここちょっと染めてくれる?」
そう言ってハケを差し出すのはお袋だ。お袋はこうやって毛染めの際には僕をダシに使った。
「ああ、いい色」
鏡を見ながらお袋は頬を染めた。

お袋がヘナカラーを始めたのは還暦を過ぎてからだった。きっかけは中学の同窓会。
「こんな髪じゃ恥ずかしい」と言って近所の美容室で染めてもらったのが始まりだ。実を言うとそれまでお袋は白髪染めをしたことがなかった。何せ僕が三歳の時に親父が他界し、それ以降女手ひとつで生活を支えた。朝は飛ぶように弁当屋へ出かけ、夜は日付をまたいで帰ってくる。そんな生活はお袋から自由と楽しみを奪った。
だけど髪を染め出してからお袋は変わった。真っ赤なスカートや、フリルのシャツを着て出掛けることが増えた。

「年甲斐もなく、そんな格好やめろよ」と言えば「まだ60よ」と返す。
そんなお袋は幸せそうだった。

 

母を染める

 

あれは一昨年の暮れのこと。仕事中僕のところに見知らぬ着信があった。
いつもなら迷惑電話に登録するところだがその日は何か嫌な予感がした。電話の主は救急隊だった。

「お母様が倒れられて、これから日赤病院に搬送します」
もう頭は真っ白で、目の前は真っ暗になった。朝だって元気だったのに。うそだろ?疑心暗鬼のまま、僕は病院にかけつけた。病室にはベッドに寝かされたお袋がいた。たくさんのコードにつながれ、何とか命がつながっているのがわかった。

「今夜がヤマでしょう」

医師の言葉は冷静なだけに残酷だった。その二時間後お袋は帰らぬ人となった。虚血性心不全。享年六十二歳。早すぎる死だった。
どれだけ泣いたかわからない。泣いたって叫んだってお袋は帰って来ない。それでも泣いた。もし泣き続けたらお袋が目を覚ますんじゃないかと思った。

 

まもなく葬儀会社がやって来て葬儀の日取りが決まった。
「お化粧などのご要望はございますか」
僕は「別に……」と言いかけてやめた。ちょうど生え際の白髪が目について、それを染めてもらえないかと頼んだ。
「かしこまりました」
エンディングカット技師はそう言うとお袋のヘナを受け取った。

こうして始まった最期の染髪。いつもと同じ匂い。いつもと変わらぬ香り。そんな「いつもの」が今や「最期の」になろうとしている。寂しくて、悔しくて、切なくて、たまらず涙が出た。

「僕にもやらせてもらえませんか」
僕は残りのヘナを撫でるように塗った。最期は本当にキレイだった。
あれから二年。傷は癒えたかと言えばそうではない。相変わらずお袋が使っていたハケは捨てられないし、未開封のヘナでさえそのままだ。

しかし先日妻が「あなた、ここ染めてちょうだい」と僕を呼んだ。見れば後頭部が見事に塗り残されていた。なんだか昔の記憶がよみがえり、懐かしくなった。お袋も後頭部はいつもマダラだった。それを息を止めながら必死で塗った。何も言わずに。だけどお袋は喜んだ。そんな手の届かない所を塗ってあげる幸せが、今では手の届かない幸せになってしまった。

だから思う。寂しさと共に深く、強く。せめてひと言「キレイだ」と言ってやればよかったって。

 

※写真はイメージです。

 

エッセイの選評

(グリーンノートのコメント) 「僕はヘナが嫌いだ。」という一瞬ドキッとするような強い言葉。その裏に、お母さまへの大きな愛情が感じられる切ないエッセイでした。

突然のお別れはさぞかしお辛かったと存じます。
まだまだ親孝行をし足りないと悔やまれることもあるのでしょう。
生前のたあさん様のやさしい振る舞いだけで、お母さまは十分に嬉しかったのではないでしょうか。
弊社代表の中澤も、お母様をヘナで染めて差し上げていたことを思い出したのか、涙をぬぐっておりました。

グリーンノートヘナ


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